時代背景の魅力をふんだんに盛り込んだ本格ミステリー!タイトルの意味について考察してみた!「たかが殺人じゃないか」辻真先先生 ※ネタバレ注意

こんにちは、きなこぬこです。

今回は辻真先先生の「たかが殺人じゃないか」を読んだ感想・考察についてまとめていきます。

こちらの作品、2020年版このミステリーがすごい!(通称このミス)ミステリが読みたい!(通称ハヤミス)週刊文集ミステリーベストのランキングにて堂々の三冠を達成しています!

インパクト大のタイトルの意味や、作品の魅力について紹介していこうと思います!

1.あらすじ

昭和24年―戦後日本ではGHQにより教育改革が行われ、それまでの男女別の教育から学校が併合され、共学となる。高校3年生となった勝利は、共学化した学校に戸惑いながらも、親しい級友たちと共に学校生活を楽しんでいた。推理小説研究部の一員として小説を書こうとしていた。そんな折、上海から来た美少女、咲原鏡子が転校してきて、勝利は心を乱される。推理小説研究部と同じ部室・同じ顧問で活動している映画研究部と共に、両部の顧問、別宮操の提案により就学旅行に出かけた一行であったが、旅先で死体を発見してしまう…!戦後の変化していく時代の中で、少年少女たちが自分らしく生きる姿を描く。

以下はネタバレを含みます。

2.感想

表題の意味の回収は本当に見事でした!

詳しくは考察の方で書きますね!

時代背景特有の言葉回しや価値観なんかはわかりにくく、序盤は少し読み進めにくかったです。

ですが、事件が起こってからは比較的すらすら読めて、世界観にどっぷりつかることができました!

トリックはちょっと癖があり見破ることができませんでしたが(さすがはコナンの脚本家さんです!)、犯人の推測はかなり容易でした。

犯人が巴御前こと操なのはかなりショックでしたけどね…

途中から彼女以外考えらえない状況になっていましたしね。

勝利の目線で物語が展開していくため、操の人となりの素晴らしさやキャラクターとしての魅力を知った上でこの結末を迎えるため、読者としてはなかなか辛いものがあります…笑

この作品の魅力として、主人公の勝利が共学化により女子に戸惑いながらも、女性の魅力や強かさを学んでいく様は、読んでいてとても微笑ましかったです!

3.考察

1.「たかだ殺人じゃないか」というタイトルの意味は?

結論からいうと、これは節を殺した犯人である徳永が、操に問いただされた時に発したセリフの一部でした。

殺したのはたったふたりだ、一〇万、一〇〇万の命やりとりする戦争を思えば児戯に等しい。

さよう……たかが殺人ではないか

この言葉が出た背景には、戦争により人一人の命や尊厳が軽んじられていたということがあります。

終戦直後。しかも、節は外国人ではありません。日本人なのです。

彼らが彼女を殺害したことに大義も名分もありません。

自分たちのやり場のない鬱憤を、無抵抗の少女にぶつけただけなのです。

そもそも、人の命は、理由があったとしても奪ってはいけないものなのに…

戦争はこんなにも人の死生観を歪めてしまうものなのかとショックを受けました。

また、このタイトル、この言葉は、この時代背景の物語でしか描くことができないものであり、読者として考えさせられます。

2.探偵小説ではなく推理小説

一兵は操の罪を暴いた後、以下のように語っています。

「探偵小説が推理小説に脱皮する時代なんだ」

このセリフには言葉通りの意味に加えて、時代の変化を表す言葉であるように感じました。

探偵小説ももちろん面白いですよね!

ですが、探偵小説の中心はあくまで探偵であり、読者ではないのです。

ここで言う推理小説は、勝利が苦心して書こうとしていた小説のように、読者も参加して楽しめる小説のことを指しているのでしょう。

これは、戦前の日本の中心は力を持った一部の人間が動かす社会だったのに対し、戦後はみんなが平等に権利を持ち社会に参加し活躍していく時代に変わっていっていることを示しているのではないかと思いました。

3.ヒントは節の日記帳?

推理小説なのでトリックを暴いて正攻法で攻めるのが鉄則ではありますが…

事件以外の情報で犯人を当てる根拠になるものはないかと考えてみました。

それが、操の妹、節が残した日記帳です

序盤で節の祖母を訪ねたとき、日記帳の話題が出てきます。

終盤まで話題に上らないので私ほぼ忘れてましたが…失踪した時期の日記帳を四年前に死んだはずの祖母の息子、野々村等なる人物が、勝利たちがお見舞いに訪れる2日前の夜に持ち去っています。

ただし、目撃者によると

  • 見た目が若すぎる
  • 清潔感がある

との情報があります。

このことから、明らかに野々村等本人ではないことが予想されます。

また、野々村等の名を知る清潔感のある若い大人が関与していることが分かります。

ここで、この前後の操の行動を振り返ってみると…

  • 墓参りのための事前に旅館についていた(前泊の可能性もあり、前泊の場合は勝利たちが見舞いに行った2日前に現地入りしていることになる)
  • いつもなら車を出してくれそうな操が、見舞いに同行せず留守番した(勝利も違和感を抱いている)

といった感じです。

また、これは終盤で明らかになることですが、操は生徒たちを迎えに行く前に徳永を殺害しています。その際、徳永は操の姿を見て「それとも男かね、そのいでたちは」と話しています。

以上のことから、操は野々村等として男装し、修学旅行初日の前日に見舞いに行き、その服装で徳永に会っているということが推測されます。

とはいえ、操と節の関係をつなげない限り、こじつけになってしまうので推理するのはかなり何度が高くなるかと思うのですが…笑

4.まとめ

いかがでしたか?

今回は辻真先先生の「たかが殺人じゃないか」についてまとめさせていただきました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

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