ガリレオシリーズ最新作10作目!犯人が何故殺人を犯したのか考察してみた!「透明な螺旋」東野圭吾先生 ※ネタバレ注意

こんにちは、きなこぬこです。

今回は東野圭吾先生の「透明な螺旋」を読んだ感想・考察についてまとめていきます。

今作はガリレオシリーズ10作目ですね!

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あらすじ

水死体として発見された男の遺体には銃創があり、同居していた彼女、島内園香はしていた。園香と共に逃げる絵本作家の女性に目をつけて捜査を進めていくと、彼女が過去に出版した絵本の中に湯川の文字を見つけた草薙と内海。親の介護を手伝うために両親が暮らすマンションにいる湯川を訪ねる協力を仰いだ草薙だったが、事件が思いがけない展開をしたことで湯川に疑いの目を向けることになる。湯川の今まで語られなかったパーソナルな部分に触れる、ガリレオシリーズ最新作。

以下はネタバレを含みます。

感想

今作はガリレオシリーズのミステリーとしては少し物足りないように感じました。というのも、トリック等自体は、別にガリレオシリーズでなくても問題ない内容なんですよね……

ですが、今まで触れられてこなかった湯川の出自について明かされて興味深かったですね!松永奈江と根岸秀美のどちらかが園香の祖母なのかなと思いきや、何ならどちらも祖母ではないという笑 園香の彼氏の殺された上辻はクズ要素をこれでもかというほどに詰め込んだ人物でしたが、意志が弱く流されて最後まで自分のことしか考えていない園香も大概なクズですね。言われた通りに行動したから自分に責任がないなんて、大の大人が考えることではありません。

湯川と松永奈江のエピソードで多少緩和されてはいるものの、読後感は悪いです笑 「容疑者xの献身」で庇われた側が罪から目を逸らしたバージョンということでしょうか。シリーズのこれまでの作品では庇われた側も何かしらの償いをしていただけに、尚更なのかもしれません。

個人的には湯川に恋人がいたことがあることには草薙や内海と一緒に驚いてしまいました笑 あと、松永が中学生時代の湯川を迎えに来た時に湯川が発した言葉が典型的な厨二病で、ちょっと笑ってしまいました笑 彼も人間なんですね……親の介護をする姿も新鮮でした。

前作「禁断の魔術」の発売時に東野圭吾先生が出していたコメントの中に以下のような文章がありました。

人間である以上、人生があり、生活があります。たとえ短編であろうとも、「登場して、謎を解いて退場する」では済まなくなってくるわけです。(中略)作者自身が納得できなくなってきたのです。

東野圭吾『禁断の魔術 ガリレオ8』文藝春秋 特設サイト 東野さんからのメッセージ 『禁断の魔術』について https://www.bunshun.co.jp/pick-up/kindan/common/images/01.jpg (2021.9.10アクセス)

シリーズ内で登場人物たちは歳を取り、事件を通じて成長しています。ミステリーという物語の構成上、話の中心となるのは事件ですが、それは彼らの人生の一部でしかないんですよね。湯川も一作目からだとかなり印象が変わったように思います。

ガリレオシリーズは元々は物理学を使ったトリックを天才物理学者が解くことで事件を解決していく一話完結型の短編集でしたが、今作ではより登場人物たちの人生に焦点を当てた内容になっていましたね

ただの探偵役としての彼らではない、これからも人生が続いていく人間としての湯川たちの息遣いが、他の作品よりも近くに感じられたように思いました。ラストの湯川と草薙の別れ方も、自分たちの生活に戻っていく感じがして素敵でした!

考察

家族じゃないかもしれないと思いつつ殺人を犯した根岸秀美、その理由は?

島内園香を暴力を奮う上辻から助けるために殺した根岸秀美に驚いた読者の方も多いかと思います。もちろん、私もその一人なのですが、園香が孫であるという「夢を見続けるため」という動機には他にも動機があるのではないかと疑問を抱いたので、これについて書いていこうかと思います。

根岸秀美は園香が本当の孫であるのかどうかを最初から疑っていた様子でした。しかし、その可能性から目を逸らして、園香を血の繋がった孫娘だと言い聞かせて過ごしていました。園香と過ごす時間は夢のようだったと話していましたが、DNA鑑定をして血縁関係があったと言われても信じ切れずにいました。普通DNA鑑定までして証明されたのだったら疑わないような気がするんですが……

秀美は園香のことを探偵を雇ってまで探し出し、50年越しに自分の娘とその孫に辿り着きました。長い年月が空いていますが何としても見つけ出そうとしていることから、強い執念を感じます。自分が残した人形だけが手がかりだったのにも関わらず、園香に辿り着いたのです。

奇跡のような偶然と秀美の執念で見つけた園香のことを、自分の孫娘だと信じたくなるのも当然なのではないでしょうか。それは、真偽がどうあれです。園香が自身を祖母と認めて慕ってくれたのならば、本物の孫娘でなくても良いと考えたのではないでしょうか。もちろん、彼女と共に過ごす時間は夢のようであり、孫娘のためならば残りの人生全てを捧げてもいいと思っての犯行だったのでしょう

しかし、待ってください。秀美は心の底から園香のことを孫娘と思っていたのではないのです。孫娘のために残りの人生をかけることが出来たとしても、本物の孫娘ではない文字通り赤の他人のために人生をかける決意をすることはできるのでしょうか?

彼女がしたかったのは孫娘のために残りの人生を使うことではなく、残りの人生を娘を捨てた贖罪にあてることだったのではないでしょうか?おそらく、血縁関係なんてどうでも良かったのではないでしょうか。もちろん、血が繋がっていれば尚のこと良かったのでしょうが、孫娘のような存在に対して祖母として振舞い、祖母として守ってあげることをしたかった、というのがもう一つの犯行の動機なのではないかと考えました。50年前に捨てた本物の娘にもう二度と会えないとしても、本物の孫や娘にしてあげたかったことをすることで、娘を捨てたことへの贖罪にしようと考えたのでしょう。

なんにせよ、あまり後味の良い事件でないことは確かなんですけどね……

10作かけて成長した湯川

湯川は登場時から成人してますし大人ではあるのですが、これまでのシリーズでも彼の精神的な成長を見ることができました。記念すべきシリーズ10作目となった今作でも、彼は成長して新たな一面を見せてくれています。

「様々な人の様々な生き方を見てきた今は、あの時の自分がいかに愚かだったかが良くわかります。人は誰もひとりでは生きられない。今の僕があるのは、多くの人たちのおかげです」

このセリフは終盤で生みの親である松永奈江に向けて話した言葉です。あの時とは、中学生時代に奈江が湯川家に実の息子である湯川を引き取りに来て揉めた時のことですね。この時の湯川は、育ての親である湯川家に残ることを選択しました。その後奈江が養護施設を廻って紙芝居をしていたことなどを考えると、彼女もまた実子にしてやれなかったことを他の子供にしてあげることで贖罪としていたのでしょうね。

6作目の「真夏の方程式」の記事でも触れたのですが、今までの湯川は必要に人との関わりを持たず、一定の距離感を持って付き合っていました。自分に踏み込ませない代わりに相手にも踏み込ませない。どちらかといえば少し冷たい人物でした。なので、草薙や内海が事件の協力依頼に来ても、基本的にはあまり乗り気ではありません。やはり3作目での「容疑者xの献身」での事件で味わった辛い経験からも、積極的に関わることを意識的に避けていたのかもしれませんね。

そんな彼ですが、前作の「沈黙のパレード」では妙に乗り気でした。個人的にはこの湯川の態度が前作から気になっていて、アメリカに行ったことで何かあったのかと思っていました。

これは推測でしかないのですが、 今回の上記のセリフ から、湯川の価値観は今までのシリーズの中で巻き込まれた事件やそれに関わった人々、そして草薙や内海によって、今回の上記のセリフが言えるようになるほどに変わったのではないかと思います。そして、それを意識するようになったきっかけはやはりアメリカに行っていたことなのではないかと思います。頼る人も少なく親しい人のいない見知らぬ土地で、彼は彼を今まで支えてくれていた草薙や内海、そして家族の大切さを思い知ったのではないでしょうか。

また、湯川は湯川で中学時代に言ってしまった、実母を突き放すような言葉に、後悔があったのではないかと思います。彼が言った「このままでいい」というのは、どちらでもいいということで、どちらにも興味がないような言い方とも取れます。彼の当時の心境を思うとその返答で良いとは思うのですが、生みの母を突き放しただけではなく、育ての父と母のことも突き放したようなセリフとも取れます。

湯川は成長することで、生みの母に対しても育ての父と母に対しても感謝できるようになったんだろうなと思いました。

まとめ

いかがでしたか?今回は東野圭吾先生の「透明な螺旋」についてまとめさせていただきました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

ガリレオシリーズの他の作品はこちら!

3作目 「容疑者xの献身」

4作目 「ガリレオの苦悩」

5作目 「聖女の救済」

6作目 「真夏の方程式」

7作目 「虚像の道化師」

8作目 「禁断の魔術」

9作目 「沈黙のパレード」

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