ガリレオシリーズ6作目!ラストの湯川の言葉の真意を考察してみた!思考停止の怖さを教えてくれる物語「真夏の方程式」東野圭吾先生 ※ネタバレ注意

こんにちは、きなこぬこです。

今回は東野圭吾先生の「真夏の方程式」を読んだ感想・考察についてまとめていきます。

今作はガリレオシリーズ6作目ですね!

こちらの作品は同シリーズの「容疑者xの献身」に続いて二作目の映画化作品になります。もちろん、湯川学役:福山雅治さんです!

ちなみに、こちらの作品の特設サイトがあり、そこに東野圭吾先生のコメントも載っていて面白かったので、気になる方はどうぞ↓

あらすじ

海底資源開発の討論会に開催するために、海が綺麗な玻璃を訪れる湯川。宿泊した民宿で、年齢の割にはどこか冷めている少年に出会う。民宿を経営している家族の一人娘である川畑成実とは、科学による自然環境の破壊について繰り返し議論する。湯川が宿泊した夜にはもう1人男性が宿を利用していたのだが、その夜何者かに殺害される。事件の真相を探るため、湯川は東京にいる草薙や内海と共に川畑家のルーツについて探っていく。

以下はネタバレを含みます。

感想

今作は序盤から同シリーズの他作品との雰囲気の違いに驚かせられ続けました。まず、子供嫌いな湯川が少年と仲良くしている!科学者と子供……エモい組み合わせですね!子供が嫌いであることを以前から公言している湯川が子供と親しげに楽しくしているのを見て本当に驚いたのですが、恭平が年齢の割には落ち着いていて、達観しているからというのは大きいかもしれません。しかも、恭平は明らかに湯川に懐いていたので、さすがの湯川も邪険にしたりはしないでしょう笑 今回のことから、湯川は「子供が嫌い」なのではなく、「子供のように論理的でないものが嫌い」なのではないかと思い、認識を修正しました笑

子供相手だからと言ってしゃべり方を変えたりする湯川ではありませんでしたが、そんな湯川の態度は恭平を「子供の一人」として見ているのではなく、「自身で選択する能力を持った一個人」として敬意を払って接していたように感じました!だからこそ、ちょっと擦れた少年である恭平も、湯川には心を開いたのではないでしょうか。湯川と過ごした夏の思い出は、きっと恭平の人生に残り続けるでしょうね!

しかし、恭平が背負ったものも彼の年齢を考えると大きすぎますよね……この記事を書く前にこの作品についていろいろ調べているのですが、作品名を検索ボックスに入力すると予測変換に「つらい」「悲しい」と出てくる……笑

そう感じた方の気持ちも分かるくらい、「人生を捻じ曲げられてしまう」ような事件に巻き込まれてしまった恭平の心情を考えると辛いものがあるのですが、個人的にこの物語は希望のある物語だと感じました。そう感じた理由やラストについての考察は後程。

私的今作品の一番好きなエピソードは、恭平に綺麗な海を見せるために湯川が自分の携帯を破壊したことです笑 防水機能を過信していたとはいえ、躊躇がなさすぎる……!その上、携帯が通じなかったことについて企業側に尋ねられると逆切れした上に恭平の携帯を勝手に私有化するという笑 早く携帯買いに行ってください笑

恭平の持っていたゲームに挑戦して悔しがる湯川や、汗だくで会場に走り込む湯川、小学生に熱心に勉強を教える湯川など……今までにはなかった彼の一面も見られて面白い作品でした!

草薙と内海の東京組と共に、普段とは違った形で協力しながら捜査を進めているのも新鮮でしたね!

総合的に見て、今まで読んできた同シリーズの中で一番好きな作品になりました!

考察

ラストのシーン、湯川の真意は一体?

今作の犯人には本当に驚かされたのですが……恭平が犯人であった(正確には意図せず犯行に加担してしまった)ことに対しては、ネットを見ていても賛否両論入り乱れていました。

先ほども述べたように検索予測にネガティブのワードが出てきてしまう今作ですが、私は非常に素敵な作品だったなと思いました。それは全て、ラストの恭平と湯川が会話するシーンのおかげなのです!

確かにこのシーンがなければ救いがない、後味の悪い作品になっているところでしたが、ラストのシーンがあるおかげで未来に繋がる爽やかな終わりになっています!

今回のことで君が何らかの答えを出せる日まで、私は君と一緒に同じ問題を抱え、悩み続ける。忘れないでほしい。君は一人ぼっちじゃない。

これはラストのシーンで湯川が恭平にかけた言葉です。この言葉について掘り下げ、ラストシーンについて語っていきたいと思います。

まず、湯川学という人間はそもそも、人とのパーソナルスペースが広い人間です。科学者として真理の探究こそが目的であると本人は語っていますが、他人の主義主張に基本的に興味がありません。玻璃ヶ浜の海の美しさを知った後でも、成実の活動を肯定のしなければ否定もしていません。何度かあった成実と議論するシーンにおいても、彼は客観的な事実のみを述べています。つまり、不用意に共感を示したりすることなく、人とは一定の距離を置く人間なのです。よく言えば客観的に多角的なものの見方ができる理性的な人物、悪く言うならば冷たい人ということですね笑

しかし、そんな彼が今回は恭平のために終始動き、この言葉では恭平に自分の人生の多くの時間を割いて寄り添うことを告げています。一時的な気休めのような慰めの言葉をかけるのではなく、時間をかけて一緒に寄り添うことを告げたのです。

この言葉はそれだけではありません。「答えを出せる日まで」一緒に悩むと伝えたことで、恭平は重すぎる重荷を一人で背負うことなく、湯川と一緒に背負うことができるようになったのです。肩の荷が下りたのではありません。彼の罪は、たとえ無知故であったとしても、彼が一生背負い続けなければいけない業なのです。しかし、湯川が「一人じゃない」と伝えたことで、罪と向き合うための勇気と、知識を学び心身を成長させるための時間的余裕を得ることが出来たのです。

以上のことから、決して万事うまくいってハッピーエンドを迎えたラストではなかったのですが、湯川が恭平に対して子供としてではなく一人の自立した人間として、敬意と誠意を含んだ言葉を示した素敵なラストだったと私は思いました!

「わからないこと」を知るために

先ほど少し触れましたが、恭平は決して殺意を持っていたわけではありません。しかし、その無知のせいで人を殺すことに加担してしまいます。湯川から湿った紙や布巾のことを知った時、一体どんな気持ちだったんでしょうね……

ちなみに、作品の序盤で湯川は恭平に「わからないものはどうしようもない、などといっていては、いつか大きな過ちを犯すことになる」と警告した言葉が、まさか伏線だったとは……

自身の無知に首を絞められたのは恭平だけではありません。むしろ……湯川以外の玻璃ヶ浜の登場人物全員がそうだったといえるのではないでしょうか。

成実の母、節子は重治が成実の出生や仙波の事件にうすうす気づいていたことを知りませんでしたし、仙波に罪を押し付けて事件から目を逸らしました。重治も成実の出生について直接節子に問うことはなく、気づかないふりをしていました。成実と保全活動をしていた沢村は、海の開発は悪であるという前提でしか物事を見ておらず、最初から相手のことを知るつもりしかなく独善的でした。

今回の事件は、大人たちが長い時間真実から目を背け続け、固まった価値観の元に動いた結果起こったものでした。わからないことをわからないままにし続けていたのです。

成実も沢村と同様に、討論会に参加することで相手の荒探しばかりしていましたが、湯川に諭されたことで相手のことを知って客観的に判断できていなかった自分に気づき、相手の話に耳を傾けるようになります。過去に仙波に助けられ、海の保全活動に身を投じることで思考を停止させ続けていた成実は、自分の罪と向き合う覚悟を決めた恭平とは対照的な存在です。しかし、最後に湯川はきちんと将来恭平が自分の罪と向き合うことができるように成実にお願いをしていきましたが、湯川の言葉は、恭平似たような境遇でありながら思考停止を続けていた成実がもう一度自分の人生を考え直すきっかけとなったのではないでしょうか。

恭平はわからないことをわかるようにする楽しさを、わからないで終わらせてはいけない大切さを、湯川から教わりました。彼らはこれからの人生ではきっと、わからないことを知るための努力をしていくんじゃないかなと思えるラストだなと感じました。

まとめ

いかがでしたか?

今回は東野圭吾先生の「真夏の方程式」についてまとめさせていただきました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

ガリレオシリーズの他の作品はこちら!

3作目 「容疑者xの献身」

4作目 「ガリレオの苦悩」

5作目 「聖女の救済」

7作目 「虚像の道化師」

8作目 「禁断の魔術」

9作目 「沈黙のパレード」

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