【「グラスホッパー」伊坂幸太郎先生(ネタバレ注意)】鈴木の鯨・蝉との対決は「神様のレシピ」に書かれたこと?あらすじ・感想・考察をまとめてみた!

こんにちは、きなこぬこです。

今回は伊坂幸太郎先生の「グラスホッパー」を読んだ感想・考察についてまとめていきます。

今作は殺し屋シリーズ1作目ですね!今作は第132回直木賞にノミネートされました!

2008年には井田ヒロト先生によって漫画化されています!

2015年には鈴木役:生田斗真さん、鯨役:浅野忠信さん、蝉役:山田涼介さん映画化されています!


引用元:映画『グラスホッパー』予告編

あらすじ

元教師の鈴木は、妻を車で轢き殺した寺原の家族が経営している非合法な会社に入るが、会社から仇を討とうとしていることを気づかれてしまう。そんな時、鈴木の目の前で寺原が車に轢き殺される。あっけにとられたものの、上司の指示で寺原を車の前に突き飛ばした男を追って家を突きとめたものの、その家には温かい普通の家族が暮らしていた。鈴木は自らを家庭教師の営業と偽って一家の素性を暴こうと試みる。しかし、鈴木が気づいていないだけで寺原が殺された裏社会は大騒ぎになっていた。人に自殺させる能力を持つ殺し屋の鯨、ナイフ使いの殺し屋蝉。それぞれの思惑を胸に、寺原を殺した人間を、そしてその人間の情報を持つ鈴木を探す二人と鈴木は、対決することになる。

以下はネタバレを含みます。

感想

妻を殺した男に復讐するためにその親が経営する非合法な仕事をしている会社に入ったものの、目の前で仇を轢き殺された元教師の鈴木。目の合った相手を自殺させる力を持ち、ターゲットを自殺させる仕事を続けてきたものの過去に自殺させた人間たちの幻覚に悩まされている鯨。上司の岩西の指示の下に殺人ををしてきたが、自身が岩西の操り人形なのではないかと疑心暗鬼になる蝉。

主要人物である三人の視点が切り替わりながら物語が展開していく群像劇でしたね!伊坂幸太郎先生らしくテンポ良く物語が進んでいく中で、登場人物たちそれぞれが抱えている生き辛さや世の中の不条理さへ対する思いが織り込まれていきます。予定説や裏社会で暗躍する殺し屋という重いテーマを扱いながらも、どこかコミカルなエンタメとして描いているのはさすがですよね!

片足を裏社会に突っ込んでいるもののほぼ一般人の鈴木、人を自殺させる鯨、殺し屋の蝉。この三人が対決すれば圧倒的に鈴木が不利かと思いきや、生き残ったのは鈴木でしたね笑 鈴木の心の中で生き続けている妻が何度も何度も鈴木の行動に呼びかけていました。自分に無関係の男女の人質が何とか殺されてしまわないようにしたり、仇を殺した相手である槿とその家族を命を懸けて庇っていました。作中で鈴木は何度もピンチに陥るものの、その度に誰かに助けられました。彼自身が誰かを倒したりする力を持っていなくても、彼が心の中の妻に声を掛けられながら良心に基づいた行動をとっていたことが廻りまわって彼を助けたように感じました。鈴木とは対照的に、蝉は自分が殺してきた多くの人々を同じように銃で撃たれて死に、鯨は自分が自殺させてきた人間と同じようにまるで自殺のように車の前に飛び込む形で命を落としました。ついでに、鈴木の妻を車で轢き殺した寺原の息子も、車に轢かれて死亡しています。これらのことから、良い行いをした人間はどこかでその行いに救われ、悪いことをした人間は同じような目に合うという因果応報が描かれているのではないかと思いました!

考察

私は今作での鈴木の鯨と蝉との対決は、鈴木がこれから前向いて生きていくために必要な儀式だったのではないかと考えています。

まず、鯨と蝉について話していきます。

鯨は人を自殺させる力を持っていますが、過去に自殺させた人間の幻覚に悩まされ、仕事中であろうと現れる幻覚と会話するなど、精神的にかなり追い詰められている状況でした。彼が最後に車の前に飛び出したのは押し屋の槿のせいかもれませんが、明記されていないため幻覚によるものだったことも否定できません。最期についてはともかく、以上のことから鯨は過去に縛られている存在であり、彼の目的は過去の清算でした。

一方の蝉は、岩西の指示に従って人殺しの仕事をこなすものの、自身が岩西に搾取されているのではないかという考えに囚われます。そして、鈴木を捕らえて槿を始末することで手柄をあげ、岩西から自由になろうとしています。以上のことから、蝉は不条理な世界に抵抗する存在であり、彼の目的は不平等から自由になることでした。

そして鈴木は、妻の死という過去に囚われ、敵討ちという過去の清算のために全てを投げ捨てています。さらに、非合法な行いを強要してくる寺原の会社や裏社会のルールに抵抗し、槿を庇ったり人を殺すことを拒否して姿をくらませたりしています。このことから、鯨と蝉は鈴木を縛るふたつのしがらみが具現化した存在であると考えられます。

鈴木は、寺原の会社の社員たちに拷問されるところを助けてくれた蝉と対決することで社会の不条理を受け入れ蝉に殺されかけたところを助けてくれた鯨と対決することで過去のしがらみを断ち切ったのではないかと考えました。

作中で鯨が田中から聞いた「神様のレシピ」はジャン・カルヴァンの予定説のことかと思います。人生で起きることは予め決まっているという考えですが、未来が決まっているからといって努力を辞め、意志を持たず、流れに任せて死んだように生きるのは、果たしてどうなのでしょうか?

妻と出会ったバイキングで皿に山盛りの食事を頬張る場面で、鈴木は以下のように考えています。

僕は全部食べてやる、生きてやるからな、と鈴木は張り切る。見てろよ。僕は生きてるみたいに生きるんだ。

経験全てを消化吸収して栄養に変えて、たとえ未来が決まっていたとしても自分が生きている瞬間ごとに「やるしかないじゃない」という気持ちで人生と対決していこうという鈴木の決意が感じられる場面ですね!命を落としてしまった鯨と蝉ですが、彼の妻と同じように鈴木の中で生き続け、鈴木に生きていく栄養を与えていると思えますね。様々な経験が栄養となってその人の人生が続いていく……予め経験することが決まっていたとしても、それも以降の人生の栄養になるのです。神様がその人を作り上げる栄養となる出来事を予め決めていると考えると、予定説を「神様のレシピ」として表す言葉のチョイスがしっくりきますね!

まとめ

いかがでしたか?今回は伊坂幸太郎先生の「グラスホッパー」についてまとめさせていただきました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

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