【「氷菓」米澤穂信先生(ネタバレ注意)】氷菓事件は奉太郎が灰色でいるための通過儀礼だった!あらすじ・感想・考察をまとめてみた!

こんにちは、きなこぬこです。

今回は米澤穂信先生の「氷菓」を読んだ感想・考察についてまとめていきます。

今作は古典部シリーズ1作目ですね!第五回角川学園小説大賞奨励賞受賞を受賞しています。

あらすじ

「やるなくてもいいことなら、やらない。やらなくてはいけないことは手短に」を掲げる省エネ主義の高校生・折木奉太郎は、海外を放浪している姉の手紙により半ば強制的に廃部寸前の古典部に入部する。そこで出会った千反田えるの好奇心に巻き込まれ、日常のちょっとした謎を解き明かしていく。そして、古典部のOBであるえるの叔父と33年前に神山高校で起こった事件との関係についての真相を探ることになる。

以下はネタバレを含みます。

感想

大好きな作品なので定期的の再読しています!何度読んでも伏線回収の気持ちよさ解決につながる細かい情報の散りばめ方の秀逸さ、そして何より古典部メンバーたちの個性的で活き活きした姿にページを捲る手が止まらなくなります!

検討会で持ち寄る情報や考察も、古典部メンバーたちの個性が現れていて本当に面白いですね。検討会からラストにかけての展開が本当に熱いです!何より、奉太郎が検討会で示した結論でもおおまかな事件の流れについての間違っておらず、参加者たちも納得していたのにも関わらず、えるの疑問を解決することを優先したのが素敵ですよね!

考察

「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」

この言葉はシリーズを通して何度も登場する、奉太郎のモットーですよね!そして、今作の冒頭では多くの同級生たちの高校生活を薔薇色、自身の高校生活を灰色と語っています。

勉学にもスポーツにも色恋沙汰にも、とにかくありとあらゆる活力に興味を示さず灰色を好む人間もいる。

奉太郎はこのように語った上で、「けど、それって随分寂しい生き方だよな」と付け加えています。さらには、ラストの姉へ宛てた手紙の文中では氷菓の一件の後からは居心地の悪さを感じなくなったと書いていることから、何事にも熱量を持って打ち込むことのできていない自身の灰色の高校生活について寂しさを感じ、同級生たちとの熱量の差に居心地の悪さを感じていたことが分かります。

えるの叔父である神谷純は、33年前の事件の真相の中心人物でした。彼のことを「英雄」と評する記載があったことから、一度は神谷が自らの意思で文化祭を守るためにその身を捧げたと考えました。そして、奉太郎もその青春について「それはもっと楽しいことなのではないだろうか。それはエネルギー効率を悪化させてでも手にする価値のあることなのではないだろうか」と考え、自身のエネルギーの浪費の少ない青春と比較し、神谷が過ごした薔薇色の青春の眩しさに憧れを抱いていました

しかし、実際の神谷の青春は薔薇色だったとしても、彼にとって素晴らしいものだったわけではありませんでした。こうして奉太郎は、自身が憧れる薔薇色の青春が至高のものではないということに気付きます。そして、姉の手紙に書いたように、自身の灰色の青春も悪いものではないという結論に至ります。

その後のシリーズでも省エネ主義を一貫している奉太郎ですが、実は1作目ではそのスタンスにずっと疑問を持ちながら過ごしていたんですね!もしこのまま後ろ暗さを感じたまま高校生活を続けていたとすると、薔薇色の高校生活を送るために無理に変わろうとしてしまっていたかもしれません。そんな奉太郎が奉太郎らしく高校生活を送るために、氷菓事件は必要不可欠だったのでしょうね!

まとめ

いかがでしたか?今回は米澤穂信先生の「氷菓」についてまとめさせていただきました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

古典部シリーズの他の作品はこちら!

2作目 「愚者のエンドロール」

3作目 「クドリャフカの順番」

4作目 「遠回りする雛」

5作目 「ふたりの距離の概算」

6作目 「いまさら翼といわれても」

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