古典部シリーズ3作目!憧れと嫉妬と自分への”期待”…タイトルの”クドリャフカ”の意味を考察してみた!「クドリャフカの順番」米澤穂信先生 ※ネタバレ注意!

こんにちは、きなこぬこです。

今回は米澤穂信先生の「クドリャフカの順番」を読んだ感想・考察についてまとめていきます。

古典部シリーズ4作目です。

ついに待ちに待った文化祭が開催されます!

 あらすじ

いよいよ始まった神谷高校文化祭!しかし、古典部の面々の表情は晴れない。それもそのはず、手違いで大量に発注してしまった文集「氷菓」が山積みになっていた。協力を依頼して周るえる、広報のためにイベントに参加する里志、漫研と掛け持ちして忙しい摩耶花、そして部室から動かない奉太郎…赤字回避を目指してそれぞれが奮闘する。そんな中、文化祭で十文字と名乗る人物による盗難事件が発生する。古典部は黒字で文化祭を終えられるのか、そして十文字の招待とは。

以下はネタバレを含みます。

感想

何といっても、文化祭の臨場感がすごいです!

 まるで自分も古典部のメンバーと一緒に文化祭に参加しているみたいでした!

平行して様々な出来事が各所で起こりますが、一見関係なさそうな事柄すべてがつながっていることが分かった時には驚きです!

もともと奉太郎は動き回るタイプではありませんが、今回は本当に部室から全然出てきませんね笑

文化祭楽しめたのかこちらが心配になてしまいますが…彼なりに楽しんだのでしょう笑

それぞれがそれぞれの視点から文化祭に参加していて楽しそうでした!

今までは奉太郎の一人称で物語が進んでいましたが、語り手が変わることにより違った視点から高校生活を垣間見ることができますね!

そんな楽しい日常の中でも高校生らしい悩みや葛藤をそれぞれが抱いていて、考えさせられました。

考察

憧れと嫉妬

今作では里志の奉太郎に対する複雑な思いがたくさん描かれています。

親友だからこそ自分にないものを持つ奉太郎に対し、里志は憧れと同時に嫉妬を抱いている様子が以下の部分からも分かります。

能ある鷹は爪を隠すという。ホータローに鷹の一面があると気付いたとき、果たして僕は本心から、それを愉快なことと思っていただろうか?

(中略)

データベースたる僕が自ら真相を求めるのは、本来、柄には合わない。しかしながら、少しだけ見上げなければならなくなった友をささやかに模倣するため、僕はそれをする。

また、漫研の摩耶花の先輩、河内も「夕べには骸に」を書いた友人、安城春名について、摩耶花に以下のように話しています。

「読めばわかる。そう言ったよね?そうだね、わかるよ。わかっちゃうんだ。でもほら、そういうの認めたくないでしょ」

里志よりも直接的でわかりやすく感情を表した言葉ですね。

里志は奉太郎に、河内は安城春名に、そして十文字事件の犯人である田名辺は生徒会長陸山に対し、彼らの突出した才能へ憧れ、努力するも、自らの能力では届かないことを知り絶望し、嫉妬しています。

しかし、相手は自分の親しい友達であり、その自身の綺麗とは言えない感情とどう向き合ったら良いのかわからず戸惑い、足掻いています。

自分が努力しても手に入れられないものを持っている人には憧れと同時に嫉妬も抱いてしまい、自分の汚さが嫌になります。

きっと誰もが経験したことがあるのではないかと思います。

小さいころは自分は何にでもなれる、頑張れば何だってできる、という謎の全能感を持っています。しかし成長するにつれて失敗を繰り返して等身大の自分を知ってしまい、能力の限界に気づいてしまいます。

安易に「諦めずにがんばれ」というメッセージで励ますのではなく、誰もが抱く感情だから自分を嫌いにならないで、と伝えてくれているように感じました。

自分自身への期待と絶望

今作のキーの一つは、一年前の文化祭で販売されていた「夕べには骸に」という同人誌です。こちらの作品は原作:安城春名、作画:陸山、背景:田名辺のメンバーで制作されました。

田名辺も里志や河内と同じように、友人陸山に対して憧れと嫉妬を抱いていました。

「絶望的な差からは、期待が生まれる。だけどその期待に応えてもらえないとしたら、行き着く先は絶望だ」

また、里志も作中で何度か「期待」という言葉に言及しています。

「自分に自信があるときは、期待なんて言葉を出しちゃあいけない」

二人は「期待」という同じ言葉を使用しています。しかし、「期待」をかける相手が異なります。

圧倒的な実力差があるときは自分に期待ができないので相手に期待をかけます。

田名辺は陸山に期待をかけ、陸山がそれに応えてくれなかったことに対して絶望しています。

そして、里志は奉太郎との距離を「少しだけ見上げなければならなくなった」と表しています。だからこそ、自分も追いつけると思い、自分自身に期待し、それに応えてくれなかった自分自身に絶望しています

もしかしたら一年前の田名辺は里志と同じように自分自身に期待をかけ、里志と同じように絶望したのかもしれません。

自分自身に期待して、その結果絶望してしまうこともあるかと思います。

しかし、それは次に進むための一歩なのでしょう。

クドリャフカの意味するところ

そもそもクドリャフカとは何のことでしょうか?

実は、犬のことなのです。

クドリャフカはライカとも呼ばれています。

ソ連の宇宙船スプートニクス2号に乗ったメスの犬の名前で、地球軌道を周回した初めての動物です。しかし、打ち上げられたはいいものの、搭乗していた宇宙船はもともと大気圏再突入が不可能な構造だったため生還できませんでした。

宇宙開発の象徴として知られているそうです。

青春時代真っ盛りの登場人物たちをクドリャフカに重ねているのかもしれません。

青春時代に感じる孤独や疎外感、そして真っ暗な闇の中にいるかのような先の見えない不安と、宇宙に一匹で打ち上げられて孤独と不安の中で亡くなったクドリャフカの姿は、共通するところがあるようにも感じられます。

まとめ

いかがでしたか?

今回は米澤穂信先生の「クドリャフカの順番」についてまとめさせていただきました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

古典部シリーズの他の作品はこちら!

2作目「愚者のエンドロール」

4作目 「遠回りする雛」

5作目 「ふたりの距離の概算」

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