こんにちは、きなこぬこです。今回は澤村伊智先生の「ファミリーランド」を読んだ感想・考察についてまとめていきます。
あらすじ
コンピューターお義母さん
夫と息子と暮らす主婦の恵美は、家中に張り巡らせられたセンサーやカメラからこちらを監視し生活に干渉してくる姑にストレスを感じていた。パートの先輩である佐川と共に姑を「コンピューターお義母さん」と呼んで愚痴をこぼすことで、恵美は姑との生活に折り合いをつけようと努力する。
翼の折れた金魚
トヤマ製薬が販売している「コキュニア」を内服して性交渉することで生まれる計画出産時と呼ばれる子供が一般的な世の中で教師として勤める森村は、無計画出産時であるデキオ/デキコに対し強い差別意識を持っていた。
マリッジ・サバイバー
国内最大手のマッチングサイト「エニシ」で出会った女性と結婚したサラリーマンは、結婚指輪にモニタリングされる生活がストレスになる。周囲の人間が当たり前のようにモニタリングされることを受け入れている中、それを受け入れられない自身に焦りを感じる。
サヨナキが飛んだ日
自宅看護用小型飛行ロボット「サヨナキ」と親しくする娘を異常に感じた母親は、「サヨナキ」を憎悪し、何とかして娘から遠ざけようとする。しかし、母である自分よりも「サヨナキ」を大切にする娘に対して苛立ちを募らせていく。
今夜宇宙船が見える丘に
自宅で父親を献身的に介護する伸一は、経済的にも肉体的にも限界を感じていた。介護者の負担を減らすために一般的に普及している「ケアフェーズ」を利用することで父親の介護を続けてきたが、父親がフェーズを進める提案をしてきたことに対して倫理的な抵抗を感じていた。そんな中、父親は最期に宇宙人に宇宙船が見たいと話し始める。
愛を語るより左記のとおりに執り行おう
仕事も葬式もバーチャル空間で行うことが当たり前になった世界で、知り合いの親戚がバーチャル空間で行うのではない伝統的なお葬式がしたいと希望する。伝統的な葬式の手順や方法を調べながら故人の希望を叶えるために奮闘する遺族を取材する。
以下はネタバレを含みます。
感想
ホラーである比嘉姉妹シリーズで有名な澤村伊智先生であり、今作も角川ホラー文庫で出版されているためホラー小説かと思いきや、家族をテーマにした王道のSF短編集、SFベースの人怖でした!
現代よりも少しだけ科学技術が進歩した世界の日本で起こる家族を巡る物語ですが、もちろん心温まる話なんて一篇も収録されていません笑 澤村先生のホラー小説は圧倒的な力を持った怪異の恐ろしさを楽しめる作品ですが、それに加えて怪異が現れる原因には人間の醜さや愚かさの恐ろしさが絡んでくることが多いかと思います。今作では科学技術が進歩した世界であっても変わることのない人間の内面が持つ恐ろしさを、SFという要素を使って見事に描き出していました。人間の手に負えない怪異が登場する作品でありませんが、技術の進歩が家族に与えた価値観の変化によって映し出される、人間らしい欲求を抱えた登場人物たちの生生しい姿には鳥肌が止まりませんでした。
『コンピューターお義母さん』では、遠隔から義母に生活の全てを監視されて苦しむ主婦の姿が描かれています。家に入ることすら義母からの許可が必要であり、自分の与り知らないところで息子に勝手にいろんなことを吹き込まれ、夫に助けを求めても理解を得られない……挙句の果てには、パートの控室まで監視されている始末。どこに行っても何をしていても義母の監視の目から逃れることができず、生活への干渉も許容できる範囲を逸脱しています。そして何より恐ろしいのが、意を決して会いに行った義母は遠隔で息子夫婦の生活を監視する意外のことは何もできない状態になっていたこと、そして義母の死後も赤の他人に生活を支配されているのにそのことを何となく受容していることですよね。こんな未来は来なくていいです……
『翼の折れた金魚』は計画出産で生まれた子供とそれ以外の子供が差別される世界で教師をしている男が主人公です。この主人公、序盤から生徒を差別しまくりでかなり引きました。とはいえ、彼の周囲の教師たちも同じように無計画出産で生まれたデキオ/デキコと呼ばれる子たちをあからさまに差別していることから、主人公が異常なのではなくこの世界では無計画出産で生まれた黒髪・黒目の少年少女を差別することは当たり前の価値観であることが分かります。それにしても、差別している大人たち自身は計画出産で生まれた金髪・碧眼とは異なり黒髪・黒目であるにもかかわらず差別しているというのは不思議ですよね。主人公の価値観は音楽の才能を持った女子生徒との関わりによってかなり大きく変化するものの、彼の差別意識が骨の髄まで沁みていることが妻の出産から分かり恐ろしくなりました。
『マリッジ・サバイバー』は、出会い系サイト「エニシ」を使って出会った女性と結婚する物語ですが、結婚指輪に仕込まれたセンサーによって常に行動や体調をモニタリングされることにストレスを感じて苦しみます。周囲にそのことを相談するも、常に監視されていることに対して嫌悪感のない人がほとんどの世界では、主人公の苦しみを理解してくれる人間は見つかりませんでした。匂いを検知できるセンサーが存在しているというのは面白いなと思いましたが、自分の全てをパートナーや国に監視されることには恐怖を感じました。
『サヨナキが飛んだ日』では「サヨナキ」という家庭用看護ロボットが普及した世界で、娘が異常なほどサヨナキと親しくしていることに恐怖を覚える母親が描かれています。母親はサヨナキを憎み、何とかして娘からサヨナキを遠ざけようと腐心しますがうまくいかず、娘に冷たく扱われることでサヨナキへの憎悪を募らせていきます。とはいえ、根本的に母が娘に過干渉であったために母娘関係が破綻したにも関わらず、その原因を自分に問うことなくサヨナキに押し付けていたことに最後まで母が気づくことなく娘を殺した、というこの上なく恐ろしいオチでしたね……
『今夜宇宙船が見える丘に』では、「ケアフェーズ」という被介護者の肉体を改造することによって介護者の負担を軽減するための非人道的な製品が一般的に販売されている世界で、経済的困窮の中でも父親を献身的に介護する男性の姿が描かれています。確かに介護において排泄物の処理や徘徊、被介護者による暴力は介護者にとってかなりの負担になることも事実ですが……介護の負担を減らす目的で人体の健康な部分を改造してしまうのはかなり倫理的に抵抗がありますよね。かなり怖いお話だなと思いました。笑って良いのか反応に困るオチは秀逸で、宇宙人との邂逅に介護問題を絡ませるという変わった物語で新鮮に感じました。
『愛を語るより左記のとおりに執り行おう』は、他の作品と違って暗さ控えめなコメディのような話になっているように感じました。バーチャル空間でお葬式をするのが当たり前の世界で、伝統的なお葬式を希望する故人の願いを叶えるために奔走する遺族を取材する物語ですが、私たちがやっているようなお葬式を知らない未来の人たちにとっては驚きの連続のようでした。何より、バーチャル空間でお葬式を行うようになったことで清めの塩や焼香が形骸化し、意味も何も分からず慣例として行っているのが面白いですね!また、私たちが現在普通だと思っているお葬式自体も長い歴史の中では現代のお葬式の形式が成立したのは割と最近の話であることに気付けて興味深かったです。弔いの儀式としてのお葬式が時代によって変わっていくものなのであれば、いつかはバーチャル空間でお葬式をすることが当たり前の時代が来るかもしれませんね!作中で死体が腐敗することに驚いていたり、お葬式の飾りに風神雷神を彫ってもらったり、棺桶から白い鳩が飛び出したり……かなりおかしな部分も多かったですが、一所懸命故人を弔おうとする努力が伝わってくるお話しでしたね。
考察
ホラー作品のイメージが強い澤村伊智先生ですが、今作もホラーではないもののかなり怖い短編集になっていましたね。今回はこの短編集のどこにそのような恐怖を感じたのかを考えてみました。
結論から言うと、この短編集は二種類の恐怖が混ざり合うことで読者に恐怖を与えているのではないかと思います。①化学技術の発達によって人間の尊厳が踏みにじられるのではないかという恐怖、そして②時代が変わっても家族の問題は変わらないことへの恐怖、の二種類です。
①化学技術の発達によって人間の尊厳が踏みにじられるのではないかという恐怖については、多くのSF作品で描かれているかと思います。『コンピューターお義母さん』『マリッジ・サバイバー』では全てを何者かに監視されることで自由を奪われる恐怖が、『翼の折れた金魚』では遺伝子操作で人間の優劣を決めて差別することの恐怖が、『サヨナキが飛んだ日』ではロボットが子育てに干渉することで母子間の信頼関係を破壊されることの恐怖が、『今夜宇宙船の見える丘に』では介護者の都合によって被介護者の健康な肉体を改造して管理されることへの恐怖が描かれています。これらは全て私たちが生活する上で当然守られているはずのプライバシーや意志決定の権利、そして生まれによって差別を受けない権利が侵害される物語です。
①の典型的なSFで扱われる問題提起に②時代が変わっても家族の問題は変わらないことへの恐怖が加わることで、今作特有の恐怖に昇華されています。『コンピューターお義母さん』では嫁姑問題、『翼の折れた金魚』では子を愛せない親、『マリッジ・サバイバー』ではパートナーによる束縛、『サヨナキが飛んだ日』では毒親、『今夜宇宙船が見える丘に』では親の介護問題という、SFという科学技術が発達した世界でも、現代を生きる私たちと同じように家族間で問題を抱えながら生きる人々の姿が描かれています。
以上のことから、「ファミリーランド」という短編集が、SFという夢のあるテーマがベースにありながらも、科学技術の進歩の暗い部分をピックアップし、現代から全く進歩しない家族間の問題を絡めてくることで、未来に夢も希望も見えない絶望を感じるような恐怖を読者に与えてくれる作品であることが分かります。
まとめ
いかがでしたか?今回は澤村伊智先生の「ファミリーランド」についてまとめさせていただきました。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
コメント