こんにちは、きなこぬこです。今回は松岡圭祐先生の「écriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅵ 見立て殺人は芥川」を読んだ感想についてまとめていきます。
今作はécritureシリーズ6作目ですね!
あらすじ
様々な事件を解決してきた新人作家の杉浦李奈は、本業であるラノベの続編刊行が決まり執筆作業を始める。そこへ母・愛実が上京して李奈の家に現れて田舎に帰るように李奈を説得しようとする。さらには芥川の短編の解釈を巡り口論となってしまう。翌日友人の優佳と共に前日の短編の内容を再確認していたところに警察が訪ねてきて、李奈に殺人事件の調査協力を依頼する。被害者の上には文庫本から切り取られて冊子風に綴じられた芥川龍之介の『桃太郎』が現場に残されており、近所の猿に似た老人、犬、スズメも襲われていたことから見立て殺人と踏んで警察は調査を進めていた。
以下はネタバレを含みます。
感想
ついに『トウモロコシの粒は偶数』以来久々のフィクションを執筆する李奈ですが、最初の方は思うように書き進めることができません。しかし、筆が乗ってくるとこれまでなかった程人物を活き活きと描くことができるようになっていることの気づき、これまで数多くの事件に関わってきたことが彼女の本業の方にも良い影響が出ていることが伺えましたね!危険な目にも何度も遭って大変な思いをしてきましたが、李奈の糧になっていて読者としても嬉しい……!KADOKAWAが全面的に新作をプッシュしてくれるということで、ここまで彼女の成長を見守ってきた読者としても新作が売れてほしいですね!次作では新作の売れ行きが描かれるのでしょうか?
1作目の岩崎翔吾の事件でも芥川龍之介はピックアップされていましたが、今作でも芥川龍之介の短編『桃太郎』が題材に選ばれています。以前この短編を読んだときには私もあまりの残酷な描写や桃太郎の傍若無人さに驚きはしたものの、特に深く考えることはありませんでした。今作で李奈が非常に短い内容を深く考察するしている様子を見て、作家論やテクスト論での考察の面白さを改めて感じました!
今作のキーとなるスーザン・フォワードの『毒になる親』については恥ずかしながら知らなかったのですが、いつか読んでみようと思いました。私自身も毒親育ちなので今回の犯人である稜楓の気持ちはとても共感できました。もちろん彼女のように親を殺したい程恨んでいるわけではありませんが……私も彼女のように人間関係を制限されたり外聞のために利用されたりしてきたので、それによってどれほど自分の選択肢が狭められてきたのかを考えて悔しく感じることが多々あります。現在は自分の心を守るためにもほとんど関わらないように距離を置いています。
李奈は完全に否定していましたが、個人的には稜楓の『桃太郎』の解釈もテクスト論としては否定できないのではないかと思いました。テクスト論においては序盤で優佳が言っているように「解釈はひとそれぞれ。主体は読者にあって、作家がどう主張しようが関係なし」であるため、毒親に悩んでいた稜楓は『桃太郎』は毒親に育てられた結果人格が歪んだ人間の物語であると解釈しましたね。ただ、テクスト論での解釈はかなり主観的であり、その人の経験や価値観が大きく影響するため、他人に同じような解釈を求めるのは難しいということを稜楓は理解できていませんでした。李奈が稜楓と対峙して主張したのは芥川が『桃太郎』を書いた時代背景や思想を考えた作家論での解釈であり、正しい解釈なのかもしれません。しかし、作家論による解釈によって稜楓個人のテクスト論による解釈を否定することもできないのではないかと思います。とはいえこれは落ち着いて文学談義をした場合の話であって、あの場面では彼女の解釈を否定する必要があったかとは思います笑
まとめ
いかがでしたか?今回は松岡圭祐先生の「écriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅵ 見立て殺人は芥川」についてまとめさせていただきました。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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