【「イクサガミ 天」今村翔吾先生(ネタバレ注意)】東海道中デスゲームの目的は反乱分子を減らすため?あらすじ・感想・考察をまとめてみた!

こんにちは、きなこぬこです。

今回は今村翔吾先生の「イクサガミ 天」を読んだ感想・考察についてまとめていきます。

あらすじ

明治十一年、日本全国に配られた新聞の大金を得られるという記事を読んだ腕に自信のある者たちが、京都の寺に集まる。そこで始まったのは、ひとりにつき一点配られた木札を互いに奪い合うデスゲームだった。殺し合いながら東海道を行き、東京を目指すように指示される。妻を娘を救うために参加した京八流の使い手・嵯峨愁二郎は、同じく家族を救うために参加してしまった少女・双葉と共に、強敵たちに対抗して無事に生き抜くため奮闘する。

以下はネタバレを含みます。

感想

時代小説は普段読むことは少ないのですが、SNSでの評判も高く気になっていたところ友人にも勧められたので読んでみました。明治時代が舞台の物語で多少は時代背景が絡んでくるものの、デスゲームのスリルとスピード感、そして達人たちが繰り広げる命がけのアクションの迫力に圧倒されてどんどん読み進めることができました!

双葉を守りながら進むというのはなかなか厳しい条件ではありますが、主人公たちがどうやって最後まで生き延びる道を切り開くのか楽しみですね!また、愁二郎の流派である京八流にまつわる兄弟間の争いからも目が離せませんね!

考察

今回は今作で繰り広げられているデスゲーム・蟲毒についての考察をしていこうかと思います。私は今作で出てきた強者たちを殺し合わせて数を減らすことで反乱の芽を摘むという目的だけではなく、このデスゲームにはもっと裏があるのではないかと考えています。

まず、殺し合わせて数を減らしたいだけなら東海道に散らばらせて時間をかけて殺し合わせるのは合理的ではありません。無関係な人の目にも触れますし、警察に捕まるリスクもあります。よくある脱出しないと生き延びられないゲームのように、一か所に閉じ込めて殺し合わせた方が効率が良いのではないでしょうか。なので、武芸に優れた者たちの数を減らすことが真の目的とは思えません。京都から東京まで東海道をわざわざ移動させることにも何か意味があるのではないかと考えています。

また、最後にポイントを通る者には札を多く与えるルールが追加されているため、東京に辿り着くまでに完全に数を減らしたいわけでもないのではないかと思うのです。このことから、京都から東京まで移動すること自体にも何か意味がある可能性があります。

そもそも、蟲毒とは生き物を閉じ込めて殺し合わせ、最後に残った一匹を祀り上げるたり呪術に使ったりするものですよね。言うまでもなく閉じ込めた生き物を殺すことが目的ではなく、殺し合わせて強い一匹を残して何等かのことに利用ことが目的です。

以上のことから、殺し合わせて残った人間を何かの呪術に使う、もしくは祀り上げるために蟲毒を行っているのではないかと考えています。また、東海道は陰陽道でいうレイライン、龍脈におおまかに沿っているため、そのライン上を移動させることに何か呪術的な意味を持たせているのではないかと考えています。

現在ある情報からはこれ以上細かい考察は難しいですが、次巻以降で出る情報でこのデスゲームの真の目的をさらに深く考察していけたら楽しいですね!

まとめ

いかがでしたか?今回は今村翔吾先生の「イクサガミ 天」についてまとめさせていただきました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

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