こんにちは、きなこぬこです。

今回は柚月裕子先生の「ウツボカズラの甘い息」を読んだ感想・考察についてまとめていきます。

あらすじ

持病を抱えながらも専業主婦として2人の娘と暮らす高村文絵は、自堕落な生活を続けることにより肥え太り、以前の美貌は跡形もなくなっていた。ある日趣味の懸賞で当たったディナーショーで中学時代の同級生である加奈子と再会する。文絵の思い出の中の暗い雰囲気を纏った加奈子とは異なり、整形した彼女は同い年であるにも関わらず美しさを保っていた。文絵は加奈子から化粧品販売の仕事を紹介されて大金を手に入れる。そんな中、突然加奈子と連絡がつかなくなった文絵は、鎌倉で起きた殺人事件の容疑者となってしまう。

以下はネタバレを含みます。

感想

人の欲望の止まるところのなさは恐ろしいですね……お金は大切ではありますが、それが全てではないことを自戒しなければいけませんね。

世の中「儲かる!」とか「あなただけ特別!」とか都合の良い話が溢れていますが、甘い言葉に惑わされず注意しなければ誰でも騙さる可能性があることを改めて思い知らされました。他人を簡単に信用するなと育てられてきましたが、この話を読むとその教育方針に間違いはなかったのかもしれないと思えてきました笑

もちろん誰も彼もを疑うべきではないでしょうが、信用できる相手か否かを見極めて他人と付き合っていかなければいけませんね。

人の金や美に対する欲望とミステリーが複雑に絡まった構成はとても面白かったです!

加奈子の正体にたどり着く足がかりが発見されてからはページを捲る手が止まらず、刑事たちと一緒に正体を暴こうと躍起になってしまいました。ですが、文絵の認知が歪んでいることには全く気づくことができていなかったので衝撃でした……精神病患者さんの多くは自身の病気を正しく理解できていない方もいらっしゃいますが……やはりミステリーを楽しむ上で語り手を信用しないことは鉄則ですね!笑

考察

ウツボカズラの花言葉

ウツボカズラといえば食虫植物ですよね。甘い香りで獲物である虫を誘い出し袋に落とし、消化吸収してしまいます。ウツボカズラの花言葉は以下の通りです。

・絡みつく視線
・甘い罠
・油断
・危険

今作の内容に関連する言葉ばかりですごいですね笑

加奈子、もとい真野知世は甘い話でターゲットである女性たちを油断させて罠にかけお金を絞れるだけ絞り自身の栄養として最終的に用済みになれば殺し存在しない人物と入れ替わることで次の獲物を探すことを繰り返していました。真野知世にとって甘い香り=ターゲットである女性にとって得をする話虫=女性吸収する栄養=金なのでしょうね。まさしく、真野知世はウツボカズラのような人物といえますね!

それぞれにとっての幸せ

「幸せである」という状態は何をもって定義されるのでしょうか?この作品では登場人物によって幸せと感じることが異なっている様子が描き出されていますが、どれも読者が客観的に見て到底幸せとは感じられないような状況を幸せとして捉えています。

文絵は2人の子供を事故で亡くし精神疾患を患い、子供たちが今でも生きているという幻覚を見て生活していました。これは心的外傷後ストレス障害(PTSD)による防衛機制であると考えられます。

防衛機制というのは夢分析で有名なフロイトが提唱したもので、ストレスに曝された際に自我が無意識のうちに自身を守るために行う働きのことを指します。

文絵の場合は複数の防衛機制が絡み合っているのではないかと思います。抑圧により事故のに関わる一蓮のことを無意識領域に押さえ込み、逃避と解離により認知を歪ませて娘たちが存在していると思い込んでいたのではないでしょうか。

客観的に見て認知を歪めることで現実から目を逸らして生きる文絵は不幸に見えますが、文絵自身はどう感じていたのでしょうか?

文絵が自分の中で作りだした世界では、悲しい事故は起こっていません。そして、彼女の子供たちは生きて日々の生活を送っています。文絵は自身の認識している世界が虚像であることに気付くことができていません。夫も文絵が幻覚をみていることを知りながらも否定することなく同調していました。

少なくとも加奈子に罪をなすりつけられてしまうまでは、(認知が歪んではいるものの)文絵は自分が作り出した世界の中で平穏な生活を送っていましたよね。これは文絵にとってとても幸せな状況だったのかもしれません。

以下は秦の幸せに対する価値観です。秦の妻は植物状態であり、仕事の関係で子供と一緒に過ごすこともできない状況で一見不幸な境遇に見えますが、仕事のやりがいを感じて幸せに生きています。

刑事をやっていると、人間が生きていくうえで何が幸せなのか、と考えさせられるときがたびたびある。高学歴高収入のエリートが、人間関係のもつれや愛憎の絡みから殺人を犯す一方、公園で円座を組み、笑い合って飲んでいる日雇い作業員がいる。

(中略)

どんな境遇にあろうと、胸を張って笑える人生を送れる者が幸せなのだ。

この言葉には私も非常に共感できると感じました。

看護師として働き患者さん本人やその家族さんなど多くの人の人生の大きなイベントに関わることで、この人たちにとっての幸せとはなんだろうと思うことが多々ありました。立派な肩書を持っていても身寄りがない方がいたり、ずっと地元で生き続けて多くの家族に囲まれていたり……人にはそれぞれの人生があり、歩んできた物語があります。そして人はそれぞれ何を大切にしているのかが異なります。

他人が不幸だと思ってもそれは側から見た評価でしかなく、当事者は幸せだと思っていることも多々ありますよね。

以上のことから冒頭で私が皆さんに提示にした質問への回答として、他人の「幸せ」を客観的に定義することなど不可能であり、当事者が幸せだと思って胸を張ることができる状況であれば、その人にとっての幸せとして定義されるのではないか、と私はこの作品を通じて思いました。

まとめ

いかがでしたか?今回は柚月裕子先生の「ウツボカズラの甘い息」についてまとめさせていただきました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

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