こんにちは、きなこぬこです。
今回は辻村深月先生の「青空と逃げる」を読んだ感想・考察についてまとめていきます。
あらすじ
青い絨毯を敷いたような四万十川で地元の漁師と共にエビを捕る小学五年生の力、友人の家の食堂に夏休み力の夏休み期間にバイトをする母の早苗。そこにスーツを着た男がやってきて告げる。「旦那さんは一緒に来てないんですか?」—―父が事故に遭った時、同乗していた女優は死んだ。失踪した父を探し回り、付きまとってくる女優の事務所の人間たちから逃げ続け、四万十から家島、別府、仙台と各地を渡り歩く二人の旅の終わりに待ち受けるのは?
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以下はネタバレを含みます。
感想
辻村深月先生が描き出す心理描写がリアルで、世知辛さと人の温かさの絶妙なバランスと揺れ動きながらも少しずつ成長していく母と息子の姿が素敵でしたね!私は女系家族で、従兄妹まで探しても同年代の男の子が家族にはいなかったのですが、あとがきで早見和真先生が幼少期の少年の自分を重ねたという話をしていて、私には少年と母の心の機微が少し読み取りにくい部分だったので興味深かったです。とはいえ、思春期に感じた母との微妙な距離感なんかは共感できる部分もありました!そして、母はもしかしたらあの時あんな気持ちだったのかなぁ……と自分の母と早苗の気持ちを重ねて楽しんでいました笑
ついつい生まれた時から親は親であるので忘れてしまうのですが、親も悩んだり苦しんだりする、自分と同じ一人の人間なんですよね。この当たり前のことに気付いて客観的に自分の家族を見ることができるようになるまで、私個人としてはかなりの時間がかかってしまったのですが、力は作中で色々と悩みながらも、母を一人の独立した人間としてみることが出来るようになっていて、彼の年齢を考えると本当にすごいことだと思いました。
夫の不倫疑惑に事故、そして失踪から、マスコミや相手女優の事務所の人間に追いかけまわされる日々。それまでの家族三人の幸せなそうな様子も描かれていることで、殊更突然の状況変化に戸惑う母と息子の気持ちを想像することができますよね。先ほど力が母を見る目が変わったということに触れましたが、これは力がその視点を手に入れただけではなく、早苗自身も必死に藻掻く生活の中で成長してったから起こった変化ですよね。そんな非日常の中で、戸惑いながらも少しずつ変化して、家族の一員としての自分だけではなく個人としての自分も獲得していく二人の変化が面白い部分だと思いました。
結局離婚することなく、三人で東京に戻って暮らしていくのかなぁと勝手に想像しています笑 父に対する誤解は解け、母と息子は世の中の生きづらさだけでなく温かさにも触れることで強さを手に入れました。最後の場面で太陽の下へと三人で手を繋いで歩いていく姿は、明るい未来を連想させますね。どうか彼らが幸せに暮らしていけますように!
ちなみに、小ネタになるのですが……四万十の食堂にエルシープロの関係者が尋ねてきて動揺した早苗が、声をかけられた時に思わず「はいっ」と返事した場面での表現が素敵だなと思いました。その少し前のシーンで友人の聖子から「はいよっ」って言えるようになってきたことを指摘されたことで、四万十での生活に早苗が少し馴染んできている様子が分かります。しかし、東京での日々から逃げて遥々やってきた四万十まで追いかけてきたエルシープロの関係者の登場により、早苗のようやく掴みかけていた新しい日常が一瞬で破壊され、逃げてきた日常に搦めとられる絶望感や喪失感がより伝わってきて、すごい描写だなぁと思いました。
考察
この作品の中心には早苗と力、そして拳の三人家族の存在がありますよね。拳が消息不明となり、エルシープロからの追跡から逃れながら早苗と力は各地を転々とします。そんな非日常の中での二人の様子が描かれている作品ですが、この作品内で最も成長したのは、小学生の力ではなく早苗なのではないかと感じました。
もちろん、力のも作品がすすむにつれて成長していきますが、特に早苗の変化は目覚ましいものでした。
最初に四万十を出た後に家島に向かう途中では、自分が逃げることに必死で全く力を気にかけている様子ではありませんでした。家島の嵐から守ってくれるというエピソードも、彼女の何とかして現状から逃げ出して何かに守られたいという心理が透けて見えますね。「何か」とは具体的には本心では夫の拳のことなのではないかと思うのですが、家で血まみれの刃物を見つけてしまった早苗は疑心暗鬼に陥っていて夫のことを信じることができない(そもそもまともに会話もできない)状況になっており、神仏にでも縋りたかったのでしょう……
しかし、家島を出る頃には力のことを考える余裕ができ、別府では「砂かけさん」として働き始めた早苗は、これまでの夫に経済的に守られてきた状況から脱し、家庭での母としての役割以外の社会的な役割を得ます。もうひとつ、別府で働くことを通して、早苗はこれまでの人生で自分が得てきたものを振り返り、自分にもできることがあるという気付きを得ます。偶然仕事で歌を歌ったことで、家庭の中での母親という役割を得る前の自分ができていたことを思い出していくのです。早苗はこの二つを得ることで、家庭内での父を頼る母親という役割を脱却し、母親として子を守りながらも自分も個人であり続けることができるようになったのでしょう。
こうして続いて向かった仙台でも写真館で昔の経験を活かして働くことに繋がっていきます。
早苗の変化を見ていくにあたって面白いのは、早苗の内面も描写されているものの、息子である力の目から母である早苗の成長を見ている描写が多いことです。力は母の変化を好ましく感じています。力にとって早苗は生まれた時から母であり、それ以外の姿を知らなかったから尚更新鮮に感じたのでしょうね!
「物心ついた時から、力は自分の家で一番便りになるのは父だ、と思ってきた」とあるので、力は母に多少なりとも頼りなさを感じていたのでしょう。しかし、旅を続けていくうちに自分が知らない母の姿をたくさん知り、母もひとりの意思を持った個人であることに気付くことで、最初は離婚に反対していた力も、離婚したいかどうかの母の意思を聞く言葉を口にすることができたのでしょうね!
早苗自身も物語を通して母親としての自分以外の自分を取り戻し、拳の事件により崩壊しかけていた家庭以外にも自分の居場所があると知ることができたことによって、冷静に現状を考える強さを手に入れることができるようになったのでしょうね。
まとめ
いかがでしたか?今回は辻村深月先生の「青空と逃げる」についてまとめさせていただきました。
最後まで読んでいただいてありがとうございました!
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